自分に、優しく

久しぶりのブログになります。

日常をこなすために、夫や親の事を考える事自体から逃避していました。

逃避している事で、なんとか平和でした。

でも、昨日子供が夫と会ってきたので、また感情が揺れてしまいました。

相変わらずでお恥ずかしいのですが、この成長無いままの気持ちを吐き出させてもらいます<()>

夫と子供はとある場所へ釣りをしに行きました。魚はけっこう釣れました。

子供は家に釣れた魚を持って帰ってきました。

釣れるかどうかわからなかったから、子供には悪いけれども私は内心釣れなければいいなと考えていました。

調理は私がするのだし、夫と子供が楽しんで釣った魚だから余計に嫌でした。

でも子供は私にも食べさせたいと思い持って帰ってきました。

魚の調理はストレスでした。魚をさばくのはすごく苦手です。

けっこうな時間がかかり

手が滑って、指を切ってしまい、血がたくさんででしまいました。

そこで、感情がプッツンしてしまいました。

夫への悔しさとか、親への憤りなど、わっと一気に自分から出て、

夫が子供と会ってても私の話題を出さなかったり、夫は先日帰郷してたのですがそこでも別居の話題とか私がお義母さんに送った手紙の事も一切無く、私の存在が無い事になっているという気持ちにもなってしまい、

夫を憎く憎く、

すべての人から放り出されてしまったかのような精神状態になってしまいました。

荒れた私の気持ちを子供に、聴いてもらいました。

申し訳ないって、思いながら。

子供は

お母さんは、悪くないんだよ周りは深く考えない人ばかりだから、傷ついてきたんだねと、泣きながら私に言ってくれました。

それを聴き、

私はこの子からは寄り添ってもらえているという実感を強く持ち、

寄り添ってくれて、ありがとう。泣かせてしまって、嫌な話を聴かせてしまって、ごめんなさいと、しばらく子供と抱き合って泣いていました。

そこで私の精神状態は少しずつおさまってきました

夫からメールがきてて

釣った魚を全部渡してしまったから、調理が大変だと後から思いました。ごめんなさい。という内容でした。

でも私はその時、自分が活躍した事魚の事にはさも配慮してる風な事言うけれど、もっと肝心な事帰郷での話は言わないのかよ!?、と、腹が立ってしまいました。

人から見たら夫のメールは親切な文章です。でも、夫とずっと関わってきている私のストレスの心情は人にはわからないと思っています。

感情が籠っているベースだから夫への怒りの爆発がひどく大きくなってしまうのは、私の悪いところではあるのですが。

子供が夫との会話の中で、

環境の中で疲れてしまう時やくじけてしまう時があるよねと子供が夫に言ったら、

誰だって、環境の中で大変な事はあるし、みんながんばっているんだ。それを乗り越えていかなきゃならないんだよ。と夫は言ったそうです。

夫のこの考えは私の母親と同じだなと、改めて感じました。

だから私は心を閉ざしていったんだ、と。

がんばる事が基本という考え。

がんばらない人はダメなんだろうな。

自分だって辛い事たくさんあるクセに、それをさも乗り越えてきたような考え方。

だから人の気持ちがわからない夫と母親。そして父親も。

子供が

今の時代は、物事を深く考える人が減ってきているような気がすると言いました。

私は

そうかな?昔から深く考えない人は居てて、私はそういう種の人に囲まれてきたよと子供に言いました。

子供はお母さんはそうだね。今の時代はネットとかスマホとがか普及してそれだけに頼ってやりとりする人が増えてきてるから。と。

ああ子供は子供なりに考えているのだなと感心しました。

そして子供は、夫や私の親が深く考えない考えられない種の人達である事はもう充分理解してて、子供も夫が浅い人間である事も今まで関わってきててよーく体感してきています。

私と違うのは、子供は、浅い種の人間をある意味認めているというか、自分へ影響がかからない程度に振る舞えて相手の行動へも気にならないようにも振る舞えるからです。

私は、全部を見てしまい聴いてしまい真正面から関わろうとしてしまいます。

真面目?なのか、境界線を弾けない弱さからなのか、本当は愛したいからなのかごっちゃです。

でもそれで、自分の精神が壊れてしまうのです。

ダメです。

自分が壊れてしまってはいけない。

夫へは今でもクソ男!と怒鳴ってやりたい心境になります。

でも、どんなに伝えても、何も響かない人だから

もう今は夫へ直接の気持ちを伝えていません。

でも嘘はつきたくないから

魚の調理はストレスで疲れました。という気持ちだけ短文メールで伝えました。

魚の味は良かったのですが、それを最後に書くと調理大変だったけど、美味しかったから結果良かったのかなーと軽く考えられるのはイヤなので、疲れたという言葉を最後につけました。

まあ、こんなふうに考えて書いても、夫は私の心の意図は分かってないとは思います。私は、自分が納得する書き方をすればいいのです

私の夫への精神状態はなかなか変わりません。

もう10年以上、こんなふうに攻撃的です。

恥ずかしさいっぱいです。自覚してます。

そしてこんな自分を悲しく思います。悲しい人間です。

今は、こういう自分を子供に言えたり、ここで書けるという事に救われています。

自分の心への橋渡しになっています。

この精神状態をすぐ変えるじゃなく、

この精神状態を認めるです。

認めるのは、自分。

自分が自分を助けるのです。

こうなるのには過程があります。

いきなり感情が高ぶるという訳ではないのです。

抑え込むクセが無意識にずっとついてきているから、蓄積して、パン!と出るのです。

恥ずかしいけどまだ私は変わっていないので、等身大の自分を認めます。

避けずに、認めます。

夫へも親へも怒りがいっぱいです。やりきれない想いはつきません。

自分のためにもっとたくさん泣きます。吐き出します。

そして、いずれはもう関係のない人達だと自然に優しい心で思えるようになれたら

魔法はかからないので、私の姿勢や心構えのみなのです。

相手への妥協や、変な優しさは、止めます。

優しくなりたいのですが、それは結果論としてです。

優しいフリはダメです。

まず自分自身へ優しくなります。

寄り添います。

充分にあったかくなれたら

その時ああ、自分変わってきてると気づくのです。

夢を夢で終わらせないようにしたいです。

言い聞かせ的な気持ちも含めた文章読んでくださりありがとうございます。