羅城門への想い

京都駅・タクシー乗り場の東側に昨年暮れに完成した羅城門の10分の1模型が展示されている。(写真1&2)

観光目的でこの場所になったと思うが、本来は羅城門のあった京都駅・南西1,5キロ程にある東寺の西側にあるべきと思う。

羅城門は桓武天皇平安京を開設の折、京の玄関口として朱雀通りの南端に創建された。

朱雀通り(通り巾が約80m)の北端は皇居であり、通りを境に西は右京、東は左京に区画されたきれいな街並だったらしい。

その後、街の中心部が東側に発展して行き右京区が寂れて行ったと同時に、羅城門もその華やかさを失い、ホームレスや泥坊の棲家になっていった。

このあたりのことは、今昔物語に良く書かれている。又、芥川龍之介の「羅生門」もこれを題材にして書かれた由である。

羅城門は建築物として、幅広で背高なれど厚みが無くて薄かったため強度的に欠陥があり、完成後数十年で台風のため倒壊してしまった。再建されたが再度強風で倒壊してしまい、礎石だけが残った状態で放置されたらしい。

平安京後期の白河天皇の時代に、鴨川東側(今の岡崎地区)に六勝寺が建立されたが、その礎石として羅城門の礎石が持ち去られてしまった。そのため羅城門の痕跡が無くなてしまった由である。

その岡崎地区にあった六勝寺も応仁の乱で焼失してしまい、現在は石碑が建っているだけの寂しい残骸になっている。(写真3)

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