読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

十字軍が多すぎる

俺は読書は好きだ。しかし、何かを強制されるのは大嫌いだ

好きだから読んでる。楽しいから読んでる。趣味の一つなのだから、それでいいと思っている

読書が嫌いとか苦手とか言うやつがいることも知ってる。そいつらに読書を強制する気はない。俺も、何かを強制されたくはないからだ。自分がされたくないことを他人にするような最低の人間にだけは決してなりたくはない

田舎の中学高校なんかでありがちだが、運動部への加入は義務だった。運動神経が人並みに達しない人間を運動部に放り込んでも、トラウマが増えるだけでむしろ教育上よくはないと思うのだが、普段から授業で科学だの数学を教えている教師が部活の時間になると科学や数学を無視した指導をおこなう。俺もトラウマを負った。二度と球技なんてしたくないが、世の中の理不尽を教え込むのも教育の一環だというのなら、字が読めない脳筋共にも世の中の理不尽を叩き込んでほしいものである

だから、なにかを強制されるのがとてもつらいということは、よくわかっているつもりだ

だいたい読書を強制してくる奴てのはそのジャンルすらも指定してくる。マンガはだめラノベはだめ書き下ろし時代劇はだめSFなんてもってのほか冒険小説を読んだら人殺しになる等々・・・

精神論しか書かれてないビジネス書だの偉い作家さんの私小説だの、成り上がりモノの偉人伝だのをを強制されて読まされて、それで何かを学べるんだろうか?

そらそういうものを読んでタメになった人はいるんだろう。でも、誰ものタメになるはずでもないのだろうに、なぜ良質の読書をしてきた人たちにそれがわからないのだろう?

なんでこう自分の価値観を絶対として相手に押し付けるやつが多いのだろう?押し付けることができればそれは何かの勝利なのだろうか?

相手を力の限り罵倒して、暴力を使って相手に自分の好みを押し付けて、それで何かを達成したことになるのだろうか

読書をした人間は偉い。しかし偉くなってもこの程度の人間にしかなれないのであれば、読書もたかが知れているとしか言いようがないと思う

読書離れ進行「なぜ読書をしなければいけないの?」への回答