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いじめられっ子

「Pちゃん?Pちゃんじゃない?

ひさしぶりー!!!

同じ大学だったんだ?! 知らなかった!

大きい大学だもんね。会えて良かったー。

懐かしいねー。

またゆっくりお茶でもしようよ!」

しない。

Qちゃんは地元の小・中と同じ学校だった。

5年生から、中学1年くらいまでの間、私はいじめられた。

クラスの女子はQちゃんに逆らえず、見て見ぬふりをしていた。

朝、ランドセルを背負う気持ちになれない。

ちょっと風邪を引いたらすぐに休んだ。

学校は行かなきゃいけないと思っていたから、なんとか通った。

今みたいに「不登校」という言葉が当時有ったら、自分もそうなっていたかもしれない。

中学に入って少ししたら、飽きたのかなんなのか分からないけれど、いじめは終わった。

だからと言ってそれまでのつらかった時間は消えてなくなるわけではない。

私のほうは、同じ大学に進学が決まったことを知った時点で、イヤだなと思っていた。

入試会場でQちゃんを見かけた時から、イヤな予感がしていた。

向こうは気にしていないから、入学しても私のことに気付かずにいたのだろう。

3年生になってから、大学のセミナーハウスで偶然ばったり会った。

大きい大学とは言え、学部も同じなのに、3年になるまで気付かずにいたのか。

いじめる側っていうのは、こんなものだろう。おめでたいものだ。

「懐かしい」?

思い出したくもない。

毎日が憂鬱で、狭い教室の中で、息苦しく一人きりだった。

中学を卒業して、別々の高校に行くことになって、私はほっとした。

たまに中学の同級生から聞くQちゃんの噂は、良いものばかりだった。

かわいい子になったとか、友達づきあいがいいとか、人あたりが良いとか。

そうなのかな、と思っていたけれど、再会して少し話してみて、

何も変わっていないのだ、と思った。

かわいく振る舞い、つきあい良く行動し、愛想よい言葉遣いが身に付いただけだろう。

Qちゃんのなんでもない様子を見ていると、こわくなる。

自分も、誰かを傷付けていながら、気付かずにけろりと接しているんじゃないだろうか。

「子どもの頃のことだもの。」と、その人は許してくれていたりするのじゃないだろうか。

自分はいつまでQちゃんのことにこだわっているのだろうか。

でも、いくつかの言葉が、その時の口調そのままに、50歳になった今も脳裏によみがえるのだ。

同じできごとが、Qちゃんの脳みその中では、一体どんなふうに記憶されているのだろう。

懐かしい?

不思議でしょうがない。

実話をもとに再構成した法螺ー話です。

「学校でほんとうにあった怖い話」ってとこですかね。